2014年8月24日日曜日

莫妄想

禅語の『莫妄想(』(まくもうぞう)

http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/100501.html

簡単に言うと、ようするに取り越し苦労をするなということだろうか。
案ずるなという事だろうか。

上記リンク先の文末まで読んで思った。

生きているからこその、金、地位、名誉、立場、主義。
死ぬならこの世こそが妄想か。
(

2014年7月13日日曜日

2014年7月6日日曜日

ドラゴンクエスト for スマートフォン

ドラゴンクエストⅠのスマホ版をプレイしてみた。

スマホどころか普段ゲームの類はあまりやらないのだけど、
300円でダウンロードできるということで、しかも内容はFC版じゃなくSFC版ということで画像も綺麗。

http://www.jp.square-enix.com/dqsp/dq1/#index













2014年5月22日木曜日

カイジ 「お金より重い!」お金の話

書籍「カイジ 「お金より重い!」お金の話」より

日本では実に20代~40代で85%の人が「将来に経済的な不安を感じている」
特に20代では将来への備えとしてせっせと貯金をしているようです。

2014年5月4日日曜日

弥勒山


春日井と多治見の県境の弥勒山に登ってきました。
標高437mということで、ハイキングっていうよりちょっとしたプチ登山でした。

今はちょうど新緑の季節で気温もさほど高くなく、湿度も低いのでカラッと爽やか。
山に登るのは久しぶりでしたが、空気は美味しく、木々のかぐわしい匂いは癒してくれます。
フィトンチッド満載で気持ち良い登山となりました。

山頂からは名古屋市内を一望できます!
今日はちょっと霞がかってたけど・・

2014年4月19日土曜日

動的平衡 福岡伸一著


実はこの本は約一年前に図書館で借りて読んでいたが、事情で途中辞めになっていて、
思い出してまた借りて読んでみた。
生物学が素人の僕ぐらいが読むのにはちょうど良い。
それにしてもこういう事は学ばないと知らない事ばかりだ。
哲学的に人間とか魂とかを考える事は普段からよくあるのだが、
物理的に人間という生き物とは何なのか、知っているようで知らない。

細胞、脳、消化器官、脂肪が蓄積されるメカニズム、はたまた食品偽装から遺伝子組み換え作物、
ES細胞、DNA、ミトコンドリア、病原菌など。

動的平衡とは、
「生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。
身体のあらゆる組織や細胞の中身は常に作り変えられ、更新し続けているのである。」

あらゆる環境に変化し、サスティナブルに平衡を保つ生命体ということだと思う。

そしてパーツの集合体という機械論的ではなく、全ての細胞でできあがる生命体であるということ。
また、機械的であれば不足するパーツがあれば外から補う必要があるが、体は細胞に意思があるように、自ら補おうとするのである。

先日観たNHKの「人体」を見た後だととてもわかりやすかった。
自分は自分だけのものではなく、心と体は別物だということ、
人間って「ある」けど「ない」んだと改めて感じた。

2014年4月15日火曜日

依存

ある人は何かに依存して生きている

しかし、依存している事に気が付き改善したいと願っているうちはまだ望みがあるが、
依存している事が普通になってはおしまいだ。

というかそもそも自分に向上心があるうちは救いようがある。

2014年4月6日日曜日

桜


今年も桜の季節が来た。

あまり出掛け気にならないので近所の桜。

iPhoneでも美しく撮れるね。
今年こそ一眼レフが欲しい。










2014年3月23日日曜日

ネルケ無方著「日本人に宗教は要らない」より

仏教には、「一切皆苦」「諸行無常」「諸法無我」の三法印に、
「涅槃寂静」を加えた四法印という四つの仏法がある。
これは仏教の根本的な教えだ。

・一切皆苦とは、この世は思うとおりにはならないという教え。
生きることは物足りない。

・諸行無常とは、この世に存在するすべては移り変わっていき、
つかみ得るものなどないという教え。

・諸法無我とは、永遠・不変な本性である我(物事の核となる実体)がないという教え。

・涅槃寂静とは、物足りようという思いを手放して、いまここに落ち着くことこそ涅槃であるという教え。

●ネルケ無方著「日本人に宗教は要らない」より


日本には暑さ寒さなど厳しさがあることから四季があることから日本人は無常を感じていたのではと記されています。

2014年2月27日木曜日

追いかけていたもの

まだ若い頃
何かわからないものを探し求め追いかけていた

顕在意識でもあるが潜在意識でもあったかもしれない

時の流れとともに、知らない間に求めることと現実が近づいていったようだ

しかしそれは求める事を行った時間が経過しただけかもしれない

気が付くと結局追いかけていたものが何だったのかもわからず

若い頃には見えなかった現実と自分自身が見えてきた

ただそれだけ